2014年10月1日水曜日

物質に宿る経験がもたらすもの[メッセージ修正版09]

霊にとって物質に宿ることは、霊のままで過ごすよりも大きな制約を課せられることになるのですが、霊的成長という観点から見たときに、その課せられた制約というものには重要な役割があります。
霊が何かを決断するときには、意識している、意識していないに関わらず、常に霊的成長に繋がる選択をしているものです。
足りないと思うものを補給しようとしたり、疑問を解決しようとしたり、個々の存在によって様々な欲求を持ち、それらを満たすために選択をする事で、それぞれに適した学びのための環境が出来上がります。
霊にとって霊体であったときの記憶は、物質界で暮らすためには邪魔になってしまうので、物質に宿るとそれらの記憶を一時的に封じてしまいます。
霊としての過去の記憶を持ち合わせたまま物質界に存在することは、苦痛と混乱を招く原因となってしまうため、新たな学びを得ることが難しくなってしまうので、一時的に記憶を封印するシステムになっているのです。
もちろん、肉体から解放されればそれらの記憶も開放されるので、過去の記憶と新たに得た学びの記憶を全て考慮に入れた上で総括をすることが可能になります。
それらの作業を経て、霊は、次の目標を掲げて次のステップに移行するのか、それとも、もう一度同様の経験を通じてを学び直すのかを選択するのです。

霊の状態では思いや感情を隠すことが難しいと言われますが、それは、未熟であればあるほど感情に支配されやすく、周囲の霊にも分かりやすい形で表現されてしまうためです。
成熟してくると感情を制御できるようになるので、周囲から見ても分かり難い状態になります。
未熟な霊が成熟した霊の思いや感情を見抜くことは出来ませんが、成熟した霊からは未熟な霊の思いや感情は手に取るように分かってしまうことでしょう。
成熟した霊同士でも、未熟な霊同士でも、同様の思いや感情を抱いたことのあるものであれば見抜くことは可能です。
ある程度成熟した霊であれば、他者に思いや感情を見抜かれても成長の糧を得る機会と受け止めることも出来るのですが、未熟な霊にとっては耐えがたい苦痛となり、なるべくであれば隠したいと考えてしまいます。
その影響から、自分自身と考えの傾向が似ている存在の側にいることを好むので、成長する機会を得ることが難しくなってしまいます。
霊的成長という観点から考えると、自分とはなるべく違うタイプの存在と接して、多くの刺激を受けた方が良いのですが、それは未熟な霊にとっては苦痛となって萎縮してしまうのです。
いつまでも萎縮した状態では十分な経験を積むことが出来ないために、成熟に向かうことが難しくなってしまいます。
未熟な霊が安心して学びを得るには、思いや感情が簡単に伝わってしまうこと無く、自分で考えながら選択して表現できる環境が必要になります。
そこで、この地上界での経験が重要になってきます。
未熟な霊たちも、安心して学びに専念できるのです。
当人たちは学んでいるつもりは無いかもしれません。
ただ単純に、自分の欲望を満たしているだけという場合もあるでしょう。
容易に思いや感情が伝わることの無い環境では、未熟な霊たちも萎縮すること無く心のままに行動できるので、霊的真理を理解するためには地上界は最適な場所なのです。
心のままに行動するというのは、物事を理解する上ではとても重要なことです。
いつも遠慮してしまい、思う存分に考えを試してみるという経験が出来ない状態だと、心の中には思う存分に試せないという不満がたまり、いつまでも成長の糧になるような経験に到達できないのです。
とことんまで試してみて、その経験から学びを得ることが重要なのですから、霊たちの成長度合いに合わせて地上界が創られ、霊的真理の学舎として大きく貢献しているのです。

地上界は、自ら進んで表現しなければ周囲に思いや感情が伝わることは無いのですが、それが徒となり、周囲に知ってもらいたい思いや感情も、上手に表現しなければ思うように伝わる事はありません。
知られたくない思いや感情を隠せる代わりに、知ってもらいたい思いや感情もうまく伝わらない事で、霊たちは悩みます。
どうしたら自分の思いや感情を適切な形で表現できるのだろうと、頭を抱えて悩む経験をする事になります。
どうしたら周囲と通じ合えるのだろうと考えるようになるのです。
相手を知ろうと努力しなければ何も分かりませんし、自分を知ってもらう努力をしなければ何も伝わらないのです。
霊の状態であれば悩まなくても伝わっていたものですが、それを捨てる選択をしたために不都合が生じるようになってしまったのです。
そうして、物事には道理というものがあり、何でも自分の思い通りになるわけでは無いのだということを学ぶのです。

未熟な霊は自分にとって居心地の良い相手を選んで共に過ごすことを好みますが、地上界ではその様なわけには行きません。
何しろ、自らアピールしなければ、自分がどのような存在か知ってもらう術はありませんし、相手がアピールしてくれなければ、その人がどのような存在か確認することが出来ないのです。
人間の間は心を偽ることも容易になるので、きっと気が合うだろうと思っていても、実は全然合わなくて居心地の悪い思いをしたなどということもあるでしょう。
ですが、相手の思いや感情が容易には分からないという状態は、霊的成長を考えたときにとても役立っているのです。
なぜなら、自分とは全く異なる考えの持ち主たちと共に過ごすことに対して、苦痛を鈍くする効果があるからです。
ただ側にいると言うだけでは、霊の時ほどに強い拒絶反応は起きないのです。
知らなければ、そのまま知らないものとして過ごしてしまえるのです。
霊の状態であれば、側にいれば思いや感情が伝わってしまいますから、まず異なる考えの相手とは距離を置いて、自分から近づこうとはしません。
ところが、人間の状態では、どこに自分とは異なる考えの持ち主がいるのか、一見しただけでは判断できません。
相手に接してみるまで、よく分からないという状況になるのです。
もし仮に、相手が自分とは合わない存在であると分かったところで、暮らしている環境を簡単に変えてしまうことも出来ません。
結果として、異なる考えの持ち主たちに囲まれて、悩みながら生活することになるのです。
悩みながら、相手との関係を安定的に保つ方法を考えたり、あるいは距離を置く選択をするかもしれませんが、多くの刺激を受けながら日々過ごすことになるでしょう。
周囲から受ける刺激は、その全てが考えるための材料となり、学びの糧となります。
それらの経験を経ることで、霊界では学ぶ事が難しかった事柄を、この地上界で経験して学んでいるのです。

(2014年8月20日)





上記記事は、『銀の紐を越えて』掲載記事【物質に宿ることの重要性(メッセージ17)】について、霊媒Mの通信精度向上に伴って、再度詳細な説明をお願いしたものです。
通信の送り手が提供する情報は同じであっても、受け手の霊媒の通信精度の違いによって、これほど内容に違いが出るのだという部分を感じて頂ければ、今回の試みに挑戦した目的は果たされていると思います。

なお、霊的知識を学ぶ場所としての地上界の役割については、下記記事でも解説しておりますので、未読の方は併せてご覧下さい。
【霊の学舎としての物質界と因果律の作用(前編)[メッセージ修正版05.1]】

Silvercord管理人 





上記記事の内容についてのご意見・ご感想・ご質問はコメント欄よりお寄せ下さい。
また、コメントを投稿される際は、記事【『銀の紐を越えてα』の開設にあたって】に掲載中の『ご覧の皆様へのお願いと連絡事項』をご覧下さい。

2014年9月1日月曜日

周囲の人の話を聞き、よく観察しよう[メッセージ修正版08]

霊的真理をより深く理解するためには、あらゆる立場を経験し、あらゆる感情を理解できるようになる必要があります。
そのための霊的な学舎の一つとして、人間の皆様が暮らしている物質界が存在しています。(*注1)
人間の皆様は、物質界における経験を通じて、霊的真理の追究をしている真っ最中なのです。
霊として一段階成長するためにも、物質界であらゆる経験を積む必要があります。

霊的に成長途上である間は、何かと判断を誤り、失敗をしてしまうことも多いと思います。
未経験の事柄や想像の及ばない物事に関しては、周囲をよく観察したり、他者の意見を聞いたりしながら、少しずつ理解を深める努力によって補うしかありません。
より優れた観察眼を持つ者たちの意見を事前に知っておくと、何かの判断を下す際にとても参考になることでしょう。
自分とは異なる意見の持ち主の考えを知っておくことも、より適切な判断を下すためにはとても重要になってきます。
成熟、未熟にかかわらず、周囲の者たちの話に耳を傾けることによって、自分にとって有益な情報を得ることが出来るでしょう。
例え今は無益に思えるような情報でも、ふとした機会に役立つこともありますから、常日頃から周囲に関心を持ち、積極的な情報収集を心がけましょう。

自分の周囲には一体どのような考えの人間が暮らしているのか、日頃からきちんと把握していることで、何か問題が起きても対処しやすくなり、重大な事態を回避できるかもしれません。
あるいは、誰かの助けになることも出来ることでしょう。
自分と似た者の話を聞くのも良いのですが、それだけでは情報に偏りが生じてしまい、何か事が起きたときに判断を誤りやすい環境が出来上がってしまいます。
そのような環境下では、どんなに努力をしても、空回りするだけで成果を期待することは出来ません。
以前は全く関心が無かったような、いくら聞いても無駄だと思えるような話が、実は問題解決の鍵を握っているという場合もあります。
ですから、異なる意見を持つ者や、自分が知らないような知恵を持っている者からも、積極的に話を聞くようにしましょう。

善悪や優劣、成熟や未熟、賛否などの先入観に囚われることなく、様々な者たちと言葉を交わし、相手の言葉を理解出来るように努力をしましょう。
相手が何を言わんとしているのかきちんと理解出来れば、相手は自分にとってどのような存在であるのか判断できるようになります。
そうすれば、相手とどのように付き合って行けばいいのか、どのような環境を築けばいいのか、自ずと答えが見えてくるでしょう。

言葉を聞くのと同様に、相手の行動もよく観察しておきましょう。
心正しき者は行動にも偽りがないので、言葉をそのまま受け止めることが出来ますが、中には相手を騙そうとして、言葉を偽りで塗り固めてしまう者もおります。
相手の語る言葉が偽りであった場合は、必ず行動に矛盾が生じます。
よくよく観察することで、言葉とは裏腹な行動が垣間見えてくることでしょう。
人間の本性は必ず行動に表れます。
言葉でどんなに飾り立てても、本性は隠せないのです。

常に周囲に関心を払い、自分が置かれている環境を理解することで、いずれは安心して快適に暮らせる環境を実現する方法に気づく事でしょう。
周囲との適切な距離感を導き出すためには、周囲を理解する必要があるのです。

(2014年7月30日)





注1:
「物質界が霊の学舎としての役割を果たしている」点については、下記の記事にてより詳細な説明を行っておりますので、未読の方は併せてご覧下さい。
【霊の学舎としての物質界と因果律の作用(前編)[メッセージ修正版05.1]】


上記記事は、『銀の紐を越えて』掲載記事【未熟な意見について考える重要性(メッセージ16)】について、霊媒Mの通信精度向上に伴って、再度詳細な説明をお願いしたものです。
通信の送り手が提供する情報は同じであっても、受け手の霊媒の通信精度の違いによって、これほど内容に違いが出るのだという部分を感じて頂ければ、今回の試みに挑戦した目的は果たされていると思います。

Silvercord管理人 





上記記事の内容についてのご意見・ご感想・ご質問はコメント欄よりお寄せ下さい。
また、コメントを投稿される際は、記事【『銀の紐を越えてα』の開設にあたって】に掲載中の『ご覧の皆様へのお願いと連絡事項』をご覧下さい。

2014年8月1日金曜日

霊的成長と肉体の関係[メッセージ修正版07]

霊は、肉体に拘束されることによって、多くの知識を学ぶための環境を得ることができます。
霊にとって、肉体の中で一番破損しては困る部位は脳であり、脳という場所は、霊的成長にとっては一番重要な器官となります。
脳が何かによって破損すると、肉体に宿った目的を果たすことが困難になる場合があり、霊的成長が停滞する可能性があります。
自分自身で判断する能力を削がれてしまうのは、霊的成長という意味では致命的な状態ですので、場合によっては、目的を果たすために生まれ変わる決断をし、寿命が当初の予定よりも縮んでしまうことさえあるのです。
思考できなくなることは、霊にとっては大問題なのです。
ただ、周囲の人間との関わりもありますし、生まれた目的も多種多様ですので、脳を破損して思考できなくなったからといって、即寿命が縮まるわけではありませんので、そこは勘違いなさいませんように。
脳を破損した肉体に宿っている霊が、早く生まれ変わる必要があると判断した場合のみ、寿命が縮まる場合があるということです。
例え不自由な状態になったとしても、その経験こそが霊的成長に繋がり、当初の目的を果たせると判断した場合は、事前に定められた寿命を全うすることになるでしょう。

霊の成長度合いにもよりますが、肉体に宿るに当たって一番重要なのが、霊的成長に適した環境であるか否かなので、霊的成長が見込めないと判断した場合は、今の肉体を放棄するというのはよくあることなのです。
人間にとって、死は別れを意味し、不吉の象徴とされていますが、実は、霊にとって不吉なのは、むしろ霊的成長が阻害されたままの状態で放置されることなのです。
成熟した霊は、霊的成長が阻害されている場合は、そのことをはっきり認識しているので、何とか状況を改善しようと試みます。
それでも改善が見込めない場合のみ、最終手段として肉体を放棄する決断をします。
未熟な霊の場合は、知らない事柄が多いため、判断材料が限られているので、細かい事情を理解できないまま違和感のみを抱き続けます。
そして、その違和感がピークに達すると、とうとう耐えきれなくなり、肉体を放棄する選択をしてしまいます。
違和感の正体が分からないため、何をどうしたらよいのか分からなくなってしまうのです。

肉体を放棄した霊は、達成できなかった目的を達成すべく、再び肉体に宿ります。
同じような環境を選んで、再挑戦するのです。
それは、未熟な霊も、成熟した霊も同じです。
違うことといえば、肉体を放棄した理由をきちんと認識しているか否かです。
理由をきちんと認識している場合は、死後の目覚めも早く、行動も迅速です。
理由が分からず、感情のままに行動してしまった場合は、死後に目覚めるまでに時間がかかります。
今後の方針を決めるための材料もあやふやなため、どのように判断したらよいのか分からないのです。
それでも、時間が経つにつれ、自分が何を望んでいて、それが達成されていないということに気づくので、再び肉体に宿って目的を達成しようとするのです。

霊にとっては霊的成長が全てであり、未熟から成熟まで様々な成長段階はありますが、定めた目標を達成するという目的は共通しています。
未熟な霊は、自分勝手な望みを抱きやすく、周囲に迷惑をかけることも多いですが、それもまた経験で、霊的成長には欠かせません。
一つずつ学び、少しずつ成長しています。
成熟している霊は視野も広いため、望みもより広範囲に渡って影響する物事が多いです。
自分自身と周囲との関係というものに関心が深いため、社会活動にも積極的に参加することが多いです。

成熟か未熟かは、出発時期の違いや個性の違いなどもありますので、現状を見て比較する意味はありません。
説明のためにその様に表現しただけであり、そこに他意はありません。
大切なことは、過去よりも未来の自分の方が霊的に成長していることであり、他の誰かよりも自分の方が成長していることではありません。
前回の記事でも書きましたが、これは大変重要なことですので、よく覚えておきましょう。 

(2014年5月28日)





上記記事は、『銀の紐を越えて』掲載記事【肉体と霊体&苦境を避ける術(メッセージ14)】の内容のうち、特に『肉体と霊体』の部分について、霊媒Mの通信精度向上に伴って、再度詳細な説明をお願いしたものです。
通信の送り手が提供する情報は同じであっても、受け手の霊媒の通信精度の違いによって、これほど内容に違いが出るのだという部分を感じて頂ければ、今回の試みに挑戦した目的は果たされていると思います。

なお、今回の記事には含まれていない『苦境を避ける術』の部分については、記事【人間は困難を克服する経験を通じて成長する[メッセージ修正版06]】にて説明しておりますので、関心のある方は併せてご覧下さい。

Silvercord管理人 





上記記事の内容についてのご意見・ご感想・ご質問はコメント欄よりお寄せ下さい。
また、コメントを投稿される際は、記事【『銀の紐を越えてα』の開設にあたって】に掲載中の『ご覧の皆様へのお願いと連絡事項』をご覧下さい。

2014年7月1日火曜日

人間は困難を克服する経験を通じて成長する[メッセージ修正版06]

人が霊的に成長するためには、目の前の困難に立ち向かい、それらを克服する事がとても重要になってきます。
遭遇する困難は、それぞれの霊的成長度合いによって異なり、克服する方法も様々に存在しています。
十人いれば、十の困難が存在することになるのです。
直面している困難が一見似通っているようでも、人が違えば異なる困難に直面している事になるので、これを行えば一発で解決できるというような、万能な解決策はありません。
ある人にとっては効果覿面の解決策でも、別の人にとっては修正が必要になることもあります。
場合によっては、全く効果的な解決策とはならない場合もあるのです。
解決策も十人十色ということになります。

この世界には多種多様な人間が混在し、切磋琢磨しながら暮らしております。
互いに影響を与え合いながら、共に成長しているのです。
大勢の人間が、それぞれに異なる考えを持ちながら、同じ集団の一員として暮らしているのですから、ある程度の摩擦が起きるのは避けられません。
摩擦が起きることによって、不利益が生じることも多々ある事でしょう。
この世界を安定的に運営できる社会システムを築くことで、個々の人間が暮らしやすくなるので、安心して暮らしたければ、協力することを覚える必要があるでしょう。
望みや目標が、それぞれに異なる者同士が協力する必要があるのです。
安心して暮らせる社会を実現するためには、互いの違いを乗り越え、妥当な回答を導き出すことがとても重要になってきます。
違いを乗り越える。
これはとても難しいことでしょう。
ですが、この課題をクリアしなければ、安心できる社会は永遠に訪れることはありません。

自分自身の意向をはっきり示す。
これは、互いの違いを乗り越える上でとても重要になってきます。
変に遠慮したり、無条件に相手に譲ってしまうことは、かえって関係を損ねる要因となるので注意が必要です。
それとは逆に、自分の主張を相手に押しつけるという態度も、関係を損ねる要因となりますので、少し控えることを覚える必要があるでしょう。
自分自身の意向をはっきり示し、それと同時に相手の意向にも耳を傾ける。
これが正しい姿勢であるといえるでしょう。
相手を知るのと同時に、自分を知ってもらう事も重要なのです。
そこを避けていては、いつまでも相手を知ることはできないし、自分を知ってもらうこともできないでしょう。
それでは、真の安定を築くことはできません。
例え手間がかかる方法でも、いつまでも避けていては何も解決できないのです。

困難に直面したくないから、見ない、聞かない、望まない、という逃避は、かえって大きな困難に直面する要因になります。
日頃から、一つ一つの困難にきちんと向き合い、その都度解決していれば、影響も手間も少なくてすみます。
ですから、困難は小さなうちに、こまめに解決しておいた方が良いでしょう。
そうしないと、自分の手には負えないほどに大きな困難に成長してしまいます。
どのように些細な事柄でも、経験すると言うことは、今まで知らなかった知識に触れる機会を得た事を意味しており、霊的成長に繋がる貴重な経験となります。
しっかりと見据え、自分自身の霊的成長に役立てましょう。
逃避は霊的成長を阻害しますが一時的なものですし、それもまた一つの経験ですので、それで苦労することになったとしても、それはそれで霊的成長の糧となるのです。

皆様が経験している様々な出来事は、全てが霊的成長の糧となるものですから、正解にも不正解にも、それぞれに意味があります。
それぞれの霊的な成長度合いに見合った経験を、必要に応じて積んでいるに過ぎないのです。
大切なのは、直面した出来事をどのように受け止め、どのように判断するのかということです。
急速に成長する者もいれば、緩やかに成長する者もいますが、それらのものを単純に比較することはできません。
予備知識や経験が豊富であれば、問題に対してより正確な判断ができるのは当たり前のことです。
予備知識も乏しく経験も浅ければ、問題に対して誤った判断をしやすいのは当たり前のことです。
前提条件が異なる両者を、同一の基準で比較することは無意味な行為なのです。
過去よりも現在の自分の方が成長していることを確かめるのは大切なことですが、他人と自分を比較して、どちらがより優れているのかを競うことは、霊的な成長には全く関わりの無い、本当に馬鹿げた行為なのです。

困難を迅速に克服できるようになるためには、一つでも多くの困難を克服し、因果律への理解を深める必要があります。
困難に立ち向かっては失敗をし、悔しい思いをしながら何度でも挑戦し、ようやく克服出来たという実績を上げる経験がとても大切なのです。
困難を一つ克服すれば、一つ困難を回避する術を学んだことになります。
困難を二つ克服すれば、二つ困難を回避する術を学んだことになります。
その様にして、より多く回避できる困難を増やしてゆけば、これから訪れるであろう困難に対して事前に準備できることも増えるため、より安定した社会の実現に繋がるのです。
困難ときちんと向き合い、日々対処に努めていれば、いつか必ず、直面している多くの困難を克服することができるでしょう。
昨日より今日、今日より明日と、日を追うごとに困難を克服できる可能性は増してゆきます。

もしも失敗をしてしまったとしても、そこで慌てる必要はありません。
それを失敗であると自覚するためには、それ相応の経験と知識が必要なのですから、何も気づかずに過ごしてきた日々に比べれば、大きく成長したといえます。
失敗を失敗と気づかずに、あるいは失敗と認めたくないために、一人では抱えきれないほどの困難と向き合う羽目になるという事例はいくらでもあります。
ですから、もし失敗してしまったとしても、早々に失敗に気づけたことを幸いと思い、別の方法を試してみるのがよいでしょう。

自分の能力をきちんと把握しておくことは、霊的に成長する上でとても重要です。
これは、困難を克服する際に大きく役立つことでしょう。
自分の能力をきちんと把握できていると、今の自分には一体何ができて、何が不足しているのかを判断するための材料となるので、何をするにしても、今後の方針を決定する際に適切な判断をしやすくなるのです。
自分の能力を把握できていれば、適切なタイミングでより効果的に実力を発揮する助けとなることでしょう。
霊的な成長という意味では、例え予備知識や経験が不足していたとしても、それ自体は大きな障害にはなりません。
出発地点からどれだけ前進できたかによって、どれだけ霊的に成長できたか判断されるので、不足部分に気をとられる必要はありません。
自分に不足している知識、あるいは経験が何であるのかをきちんと把握していれば、今後何をすればよいのか、進むべき道筋はきちんと見えてくるものなのです。
豊富な経験と知識は生きてゆく上でとても役立つものですが、不足しているものは仕方がありませんから、これから少しずつ経験と知識を蓄えてゆきましょう。

(2014年5月28日)





上記記事は、『銀の紐を越えて』掲載記事【肉体と霊体&苦境を避ける術(メッセージ14)】の内容のうち、特に『苦境を避ける術』の部分について、霊媒Mの通信精度向上に伴って、再度詳細な説明をお願いしたものです。
通信の送り手が提供する情報は同じであっても、受け手の霊媒の通信精度の違いによって、これほど内容に違いが出るのだという部分を感じて頂ければ、今回の試みに挑戦した目的は果たされていると思います。

なお、今回の記事には含まれていない『肉体と霊体』の部分については、以下の記事にてメッセージ修正版を掲載しておりますので、興味のある方は併せてご覧下さい。
→【霊的成長と肉体の関係[メッセージ修正版07]】

Silvercord管理人 





上記記事の内容についてのご意見・ご感想・ご質問はコメント欄よりお寄せ下さい。
また、コメントを投稿される際は、記事【『銀の紐を越えてα』の開設にあたって】に掲載中の『ご覧の皆様へのお願いと連絡事項』をご覧下さい。

2014年6月1日日曜日

霊の学舎としての物質界と因果律の作用(後編)[メッセージ修正版05.2]

今回は、前回のお話を踏まえて、埋め合わせの法則というものを改めて考えてみることにしましょう。
埋め合わせの法則という表現よりは、因果律と表現した方が適切かもしれません。
自分の行いに等しい結果が訪れるのが、埋め合わせの法則(因果律)です。
正しき行いには霊的成長があり、悪しき行いには霊的成長の停滞があります。

一見正しい行いに思えても、実際には周囲へ悪影響を及ぼしている場合は、思い通りの結果には至らず、苦しい日々を送ることになるでしょう。
なぜそのような結果を招いてしまったのかを正確に理解し、適切な対応ができるまで、苦しい状況が改善されることはありません。
行動する動機となった心がけがどんなに正しいものであったとしても、問題に対する理解不足による見落としや、経験不足による甘い見通しにより、物事がうまく運ばないということは、経験済みの方も大勢おられることでしょう。
これらの問題を解決するために必要なのは、問題の核心部分を理解しようとする心構えです。
問題の核心部分を理解するためには、自分の失敗を客観的に評価できる必要があります。
これはとても難しい作業だと思います。
抵抗を感じる方も大勢おられることでしょう。
自分自身の至らない部分に注目し、修正を図るためには、心の葛藤が生じるかもしれません。
認めたくない気持ちが膨らんで、どうにもならないかもしれません。
それでも、認めなければ前に進むことができないのであれば、思い切って覚悟を決めた方が、気持ちもずいぶんと楽になるものです。
問題を解決したいけれど、失敗を認めたくない気持ちに捕らわれているという二重苦を抱えるよりは、どんなに楽なことでしょう。
何事も、覚悟を決める前が一番苦しいものなのです。
一度覚悟を決めてしまえば、後は前進あるのみです。
全てを一度に理解しようとしても無理ですから、問題が発生したらその都度見直しを図り、改善を試みるのが良いでしょう。
それらの作業を繰り返すうちに、問題の全貌を把握することができるようになります。
問題の全貌を把握できるころには、解決策も発見し、状況を改善することが可能となることでしょう。
一つ問題を解決する度に、一つずつ霊的に成長してゆきます。

一見どんなに素晴らしい行いでも、心がけが悪しきものであれば、霊的に成長することはできません。
その心にあるのは邪な願いを叶えることであり、平安を望んだ結果ではありません。
その行いには必ず矛盾が存在し、気に入らないものに対しては、大変残酷で傲慢です。
そのような心がけで何を行ったところで霊的成長は見込めず、同じ場所に停滞し続けるのです。
このような者たちは、霊的に死した人々といえるでしょう。
自分の心がけが悪しきものであると認識し、改善を図るために行動を起こすまで、霊的な成長は見込めません。
何度でも同じような場所に生まれ、何度でも同じような経験を繰り返す事になるでしょう。
自分自身からは、何があっても逃れられないのです。

物質界では、埋め合わせの法則(因果律)は正常に機能していないように感じられるかもしれません。
「正直者が馬鹿を見る」という言葉をよく耳にしますが、なぜ、その様なことになっているのでしょう。
資金力と権力がものをいう世界というのが、今の物質界の主流といえるでしょう。
あらゆる手段を行使して、奪い合いをしてでも、勝ち残らなければ生きていけないほど、地球環境が過酷であると言えるのかもしれませんが、果たして、生き残る方法は本当にそれだけなのでしょうか。
人間の皆様は、よくよく周囲を観察して、違う道を模索する必要があるように思います。

答えは常に目の前に用意されており、いつでも手にすることができるのに、見ようともしないし、聞こうともしていないようです。
何が本当に自分自身のためになるのかをきちんと把握できずに、徒に争いを起こし、略奪と殺戮を繰り返しているように見えます。
何も、神々が人間に意地悪をして、答えを分かり難くしているわけではありません。
人間自身が安易な方法を好み、手間のかかる方法を試そうとしていないだけなのです。
一部の者たちの利益のために安易な方法を選び、それを邪魔する者を片っ端から排除しているようでは、いくら時間が経っても社会全体が霊的に成長することは難しいでしょう。
結果として、とても過酷で暮らしにくい社会が誕生するというわけです。
いつも何かに怯えて暮らすことになるでしょう。

物質界でも因果律を目に見える形で正常に機能させたければ、人間自身が自分たちで法整備をし、正しく機能できるシステムを構築する必要があるのです。
自分自身が行動を起こさなければ、誰も代わりに行ってくれる存在など無いのだということを、きちんと知っておく必要があります。
神々は、物質界を取り巻く法則を維持管理するための存在であり、人間の都合に合わせて働くロボットではないのです。
人間が自分たちの力で実現する必要のある事柄を、神々に代わりに実現してもらおうと考えるのは誤りなのです。
自分たちの力で、試行錯誤しながら完成を目指す事に意味があることを、よく覚えておきましょう。
それらの作業を行う中で、多くの事柄を学び、神々の境涯へと仲間入りするための基礎知識を身につけることができるのです。

(2014年5月19日)





上記記事は、『銀の紐を越えて』掲載記事【埋め合わせの法則(メッセージ12)】の内容について、霊媒Mの通信精度向上に伴って、再度詳細な説明をお願いしたものです。
通信の送り手が提供する情報は同じであっても、受け手の霊媒の通信精度の違いによって、これほど内容に違いが出るのだという部分を感じて頂ければ、今回の試みに挑戦した目的は果たされていると思います。

また、前回投稿した記事【霊の学舎としての物質界と因果律の作用(前編)[メッセージ修正版05.1]】にてお知らせしておりますように、前回と今回の記事は二部構成になっておりますので、双方の記事を併せてご覧下さい。

今回のテーマ、『埋め合わせの法則』については、物事の全体像を俯瞰できる霊界の住人の視野と、物質的な存在を観察する機能に特化した人間の視野の違いが、端的に表れているのだと思います。
人間が見る限りでは、「世の中に遍く因果律が作用している」とは信じられない場面に出会う場合があります。
例えば、傍から見た限りでは当人に原因があるとは思えなくても、何故か非常に不遇な状態に置かれている人が居ります。
あるいは、傍から見ると極悪極まりないようでも、その報いを受けるでもなく人生を謳歌している様に見える人も居ります。
そうなるには、それなりの原因と経緯があるからなのですが、その原因と経緯の全貌がしばしば人間の視野を越えている場合もあります。
特に、これといった理由も思い当たらないのに、不遇な状態に置かれている場合には、『埋め合わせの法則』 として、今は不遇でも行いに誤りがなければ、いずれ何らかの形で不遇な状態の埋め合わせがされる――と言った文脈で説明されているようです。
しかし、不遇な状態に置かれる時点で、それ以前に自分自身が不遇な状態に追いこまれる原因があったはずですので、その原因を突き止めて改善しない限り、不遇な状態の解消は見込めません。
この『埋め合わせの法則』とは、上記記事にもあるように『因果律』の一形態にすぎないのですが、あえて『因果律』の一形態を切り分けることによって、因果律の理解を恣意的に歪めてしまう可能性を憂慮してしまいました。

また、霊媒から前回投稿した記事【霊の学舎としての物質界と因果律の作用(前編)[メッセージ修正版05.1]】を受け取った時には、テーマである『埋め合わせの法則』との関連性がよく分からなかったのですが、上記記事の最後の段落を見た時に、この記事が二部構成である理由と前編の必要性が理解できました。
私たち人間が暮らす世界(=物質界)は霊の学舎であるから、社会秩序を維持するという形で『因果律』のシミュレーションが出来る様になっているのでしょう。
記事【宇宙の構造と人間が目指すもの[メッセージ修正版01]】で示されているように、今は人間として肉体に宿っている私たちも、いずれは物質界の秩序を維持する(=物質の因果律を維持する)神々の境涯に至るようですから、その時に備えた練習の機会なのでしょうか。

Silvercord管理人 





上記記事の内容についてのご意見・ご感想・ご質問はコメント欄よりお寄せ下さい。
また、コメントを投稿される際は、記事【『銀の紐を越えてα』の開設にあたって】に掲載中の『ご覧の皆様へのお願いと連絡事項』をご覧下さい。

2014年5月23日金曜日

霊の学舎としての物質界と因果律の作用(前編)[メッセージ修正版05.1]

人間のみならず、この世界に暮らす全ての生物は、自分で物事を選択し、結果をその身に受けることにより、多くを学び、それらの経験を霊的成長の糧としております。
その法則は、霊界にも当てはまります。
霊的成長を促す場所として、皆様の暮らす物質界が存在し、霊界では経験できない多くの事柄を学ぶことが出来る、大変貴重な場所なのです。
肉体による制約があるために、霊の状態でいるよりも不便な部分はありますが、その不便なところが、学びのためには最適なのです。

霊たちの学舎として物質界が存在し、大勢の霊たちの霊的成長に大きく貢献してきたのです。
霊が人間として物質界に生まれる際には、それぞれ成長段階に応じた目的意識を持ち、それらの目的に適った環境を選びます。
生まれた後に、当初の目的を達成するためには、状況に応じて適切な判断をする必要があります。
自分一人だけで暮らしているわけではないので、周囲の人間の選択によって大きな影響を受けることが多々あります。
特に子供のうちは、親や周囲の大人たちの影響を大きく受けることになるでしょう。
時には、自分にとって不利益になる事柄を、周囲の人間の判断によって決められてしまう場合もあります。
そのような周囲の人間と関わる経験を通じて、自分は一体何を選択して、どこへ向かうのか、目的のために必要な事柄は一体何であるのか、自分自身で判断して行動を起こす事の意味を少しずつ学んでゆきます。

人間として霊的成長という目的を達成するには、一筋縄では行かないことが多く、最初のうちは失敗ばかりで、目的を果たすことは難しいかもしれません。
長く生きるうちに、嫌な思いも沢山することでしょう。
一度の生涯では目的を果たせず、二度、三度と、同じ目的のために転生を繰り返す事もあるでしょう。
失敗の原因が何であるのかを理解するまで、同じ失敗を延々と繰り返すのです。
しかし、一度失敗の原因に気づいてしまえば、全く同じ失敗をすることはなくなります。
失敗から新たな事実に気づくという作業を繰り返すことで、徐々に重大な失敗をしなくなり、些細な失敗にとどまる様になります。
それらの経験によって徐々に核心に迫り、最終的には目的を達成することになるのです。
様々な経験を通じて視野も徐々に広がり、当初の目的を達成する頃には新たな目的が発生することでしょう。
そうしたら、新たな目的を果たすべく、必要に応じた環境で、新たな経験から更に多くの学びを得てゆくのです。

物質界が霊のための学びの場である事を考慮したときに、現世において人間として行った数々の所業は、死を迎えればリセットされると考えるのは間違いであると言えるでしょう。
むしろ、それら生前の行いを踏まえて、学びの場として最適な環境を選択し、再び物質界に舞い戻ることになるでしょう。
今の環境や待遇に不満があるのならば、それを解消する方法を学び、実行する必要があるのです。
自ら望み、行動を起こさなければ、いつまでも同じ場所にとどまり続けることでしょう。
それは、生前も死後も代わりありません。
どのような状況下であろうとも、自分自身からは逃れられないのです。

(2014年5月2日)





上記記事は、『銀の紐を越えて』掲載記事【埋め合わせの法則(メッセージ12)】の内容について、霊媒Mの通信精度向上に伴って、再度詳細な説明をお願いしたものです。
通信の送り手が提供する情報は同じであっても、受け手の霊媒の通信精度の違いによって、これほど内容に違いが出るのだという部分を感じて頂ければ、今回の試みに挑戦した目的は果たされていると思います。

また記事の表題に(前編)とあります様に、このテーマについては前編・後編の二部構成でお届け致します。
つきましては、近日中に後編を投稿致しますので、しばらくお待ち下さい。

Silvercord管理人 





上記記事の内容についてのご意見・ご感想・ご質問はコメント欄よりお寄せ下さい。
また、コメントを投稿される際は、記事【『銀の紐を越えてα』の開設にあたって】に掲載中の『ご覧の皆様へのお願いと連絡事項』をご覧下さい。

2014年4月1日火曜日

人間としての経験を重ねる意味と神々の関与[メッセージ修正版04]

人間が霊的に成長するためには、日常生活を通じて、様々な経験をする事が必要です。
神々は、人間の霊的成長を促すために、この世界を創造し、維持管理を続けています。
人間が神々の境涯に辿り着くまで、少しでも多くの経験が出来る環境を提供し、人間の霊的成長を促すことが、地球環境を管理している神々の目的です。

地球の環境は、人間のみならず、地球に暮らす全てのものたちが霊的に成長しやすいように、様々な工夫がされております。
困難に立ち向かい、問題を一つずつ解消してゆく経験は、霊的成長に大きく貢献をすることでしょう。
そうした経験を通じて、認識が曖昧だった事柄にも、徐々に確信が持てるようになるのです。

確信できる事柄が神々に追いついたとき、人間は人間の境涯を卒業し、神々の仲間入りをする事になります。
そのためには、地球環境の中であらゆる経験を積み、人間を理解する必要があります。
人間として、この世界に生まれた意味を考えることも大切ですが、それだけではなく、人間という存在そのものを理解する事がとても重要なのです。
人間という存在について追究し、理解を深める事こそが、霊的真理を解き明かす鍵となることでしょう。
人間であれ地球であれ、ありのままの姿を観察し、その性質を知る事です。
人間であることに抗うのではなく、人間でいる間にしか出来ない経験を大切にしましょう。

一度の生涯では、人間としての経験を充分に積むことが出来ないので、輪廻を繰り返す事になります。
人間としての生涯を何度も繰り返し、あらゆる経験を積み、人間を極めたときに、初めて解脱出来るのです。
これら人間としての経験を積むことは、神々に仲間入りして活動する際に、最低限必要な知識を得るためにも重要な事なのです。

(2014年03月21日)





上記記事は、『銀の紐を越えて』掲載記事【人間が劣っているわけではない(メッセージ6)】の内容について、霊媒Mの通信精度向上に伴って、再度詳細な説明をお願いしたものです。
通信の送り手が提供する情報は同じであっても、受け手の霊媒の通信精度の違いによって、これほど内容に違いが出るのだという部分を感じて頂ければ、今回の試みに挑戦した目的は果たされていると思います。

また、この記事は以前投稿した記事【宇宙の構造と神々や人間が目指すもの[メッセージ修正版01]】の項目『人間の目的』 に対する、より詳細な説明と位置づけられる内容だと思いますので、関連する記事の内容を見比べながら、私たちが『人間としての経験を重ねる意味』について、考えを深めるきっかけとして頂ければ幸いです。

Silvercord管理人 




上記記事の内容についてのご意見・ご感想・ご質問はコメント欄よりお寄せ下さい。
また、コメントを投稿される際は、記事【『銀の紐を越えてα』の開設にあたって】に掲載中の『ご覧の皆様へのお願いと連絡事項』をご覧下さい。